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任意後見は必要か?知っておきたい制度の活用方法

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高齢化が進む日本社会において、将来の認知機能低下に備えた法的対策の重要性が高まっています。その中でも特に注目されているのが「任意後見制度」です。この記事では、任意後見の必要性から具体的な活用方法まで、わかりやすく解説します。将来の自分と家族を守るために、この制度が本当に必要かどうかを判断するための情報をお届けします。

任意後見の基礎と必要性

任意後見とは

任意後見制度とは、将来、認知症などによって判断能力が低下した場合に備えて、あらかじめ自分で選んだ「任意後見人」に、財産管理や身上監護(医療・介護に関する契約など)を委任する制度です。この契約は判断能力があるうちに公正証書で結び、実際に判断能力が低下した後に家庭裁判所が「任意後見監督人」を選任することで発効します。

法定後見制度が既に判断能力が低下した人を対象としているのに対し、任意後見は判断能力が低下する前に自分の意思で将来に備えるという点が大きな特徴です。つまり、「今はしっかりしているけれど、将来の不安に備えたい」という方のための制度なのです。

なぜ任意後見が注目されているのか

任意後見制度が注目される背景には、以下のような社会的要因があります。

  1. 超高齢社会の進行: 日本の65歳以上人口は総人口の約29%を占め、2025年には認知症高齢者が約700万人に達すると予測されています。
  2. 家族構成の変化: 核家族化や単身世帯の増加により、家族だけでのサポートが難しくなっています。
  3. 財産管理の複雑化: 不動産、預貯金、株式、保険など、資産の種類が多様化し、適切な管理が重要になっています。
  4. 自己決定権の尊重: 自分の将来を自分で決める「自己決定権」を重視する考え方が広まっています。

任意後見制度は、これらの社会変化に対応し、本人の意思を最大限尊重しながら財産と生活を守る仕組みとして期待されているのです。

どんな人におすすめなのか

任意後見制度は、特に以下のような方々におすすめです。

  1. 単身者や子どものいない夫婦: 将来的に頼れる親族が少ない方は、専門家による支援体制を整えておくことで大きな安心が得られます。
  2. 資産を持っている方: 預貯金、不動産、株式などの資産がある方は、それらを適切に管理・活用するために任意後見が有効です。
  3. 経営者・個人事業主: 事業承継や事業用資産の管理について、専門的な判断が必要になるケースでは特に重要です。
  4. 親族間に複雑な関係がある方: 相続や財産管理をめぐって親族間の対立が予想される場合、中立的な第三者による管理が望ましいことがあります。
  5. 特定の医療・介護方針がある方: 自分が望む医療や介護について、判断能力低下後も尊重してもらいたい方にとって有効です。

任意後見を利用しなかった場合のリスク

任意後見制度を利用せずに判断能力が低下した場合、以下のようなリスクが考えられます。

  1. 法定後見制度の適用: 家族や親族の申立てにより、家庭裁判所が成年後見人を選任することになります。この場合、本人の希望とは異なる人が後見人に選任される可能性があるうえ、定型的に処理されてしまい希望に沿った生活を営むことができない可能性があります。
  2. 財産の不適切な管理: 認知機能の低下により、詐欺や悪質商法の被害に遭ったり、必要な手続きが滞ったりするリスクがあります。
  3. 医療・介護における自己決定の喪失: 自分の希望する医療や介護を受けられなくなる可能性があります。
  4. 家族の負担増加: 法的な権限がない家族が、手続きや意思決定に苦労する場合があります。
  5. 相続トラブルの発生: 判断能力低下後の財産管理が不十分だと、相続時にトラブルが発生するリスクが高まります。

実際に、認知症の親の銀行口座から引き出しができず生活費に困ったり、必要な契約や解約ができずにサービスが滞ったりするケースは少なくありません。これらのリスクを回避するためにも、早めの対策が重要です。

任意後見は必要か?具体的な活用方法

任意後見契約を検討すべきケース例

具体的にどのような状況で任意後見契約を検討すべきか、いくつかの事例を見てみましょう。

事例1: 一人暮らしの資産家Aさん(70歳)
不動産投資や株式投資を行ってきたAさんは、認知症になった場合の資産管理に不安を感じていました。親族は遠方に住む甥姪のみで、日常的な支援は期待できません。任意後見契約を結び、信頼できる弁護士を任意後見人に指定することで、将来の資産管理の安心を確保しました。

事例2: 持ち家を所有する夫婦Bさん(75歳・72歳)
子どものいないBさん夫婦は、どちらかが先に認知症になった場合や、二人とも判断能力が低下した場合の住まいと財産の管理に不安を感じていました。司法書士との任意後見契約により、将来の生活と資産の管理体制を整えました。

事例3: 事業を営むCさん(68歳)
個人事業主のCさんは、認知症になった場合の事業継続や整理について心配していました。税理士との任意後見契約により、事業用資産の管理と円滑な事業承継または整理の道筋をつけました。

事例4: 医療に対する強い希望を持つDさん(65歳)
特定の持病を持つDさんは、自分の医療方針について明確な希望がありました。任意後見契約と併せて医療・介護に関する意向を書面に残し、将来の医療選択についての意思を明確にしました。

任意後見と併用すべき事項

任意後見制度をより効果的に活用するためには、以下の制度やツールと併用することが推奨されます。

  1. 見守り契約: 任意後見契約が発効する前段階で、定期的な安否確認や生活状況の確認を行う契約です。認知症の初期段階から見守りを受けることで、早期に適切な支援につなげることができます。専門職や福祉団体と結ぶことが多く、異変があれば家族などに連絡する仕組みです。
  2. 財産管理契約: 判断能力が低下する前から、日常的な金銭管理や各種支払い、不動産管理などを委任する契約です。任意後見契約と同時に締結しておくことで、判断能力の低下が軽度な段階から財産管理の支援を受けられます。任意後見契約が発効するまでの空白期間をカバーする重要な役割を果たします。
  3. 遺言: 任意後見制度と遺言は相続対策の両輪です。任意後見人が生前の財産管理を行い、死後の財産分配は遺言で指定することで、生前から死後まで一貫した財産管理・承継計画が実現します。公正証書遺言にすることで、遺言の形式不備による無効リスクを回避できます。
  4. 死後事務委任契約: 任意後見人の役割は本人の死亡と同時に終了します。葬儀や納骨、住居の片付け、各種解約手続きなどを行う死後事務委任契約を併せて結ぶことで、死後の事務も安心して任せられます。相続人がいない場合や遠方にいる場合に特に重要です。
  5. 家族信託: 財産管理の柔軟性を高めたい場合に有効な制度です。信託契約によって、受託者(家族など)に財産管理を任せることができます。任意後見では対応できない積極的な財産活用(不動産の売却や建て替えなど)が可能になる点が特徴です。任意後見と家族信託を組み合わせることで、より包括的な資産管理体制を構築できます。

これらを適切に組み合わせることで、より包括的な将来の備えが可能になります。特に、任意後見契約だけでは対応できない部分を補完する役割を果たします。

手続き面の流れ

任意後見制度を利用する際の一般的な流れは以下のとおりです。

  1. 専門家への相談: 弁護士、司法書士などの専門家に相談し、自分のケースに合った任意後見契約の内容を検討します。
  2. 任意後見受任者の選定: 信頼できる人物(親族や専門職)を任意後見人に選びます。専門職に依頼する場合は、複数の候補者と面談し、相性の良い人を選ぶことが大切です。
  3. 契約内容の決定: 委任する事務の範囲、報酬、生活や療養に関する意向などを決定します。
  4. 公正証書の作成: 公証役場で公正証書による任意後見契約を締結します。費用は内容により異なりますが、一般的に5万円~10万円程度が必要です。
  5. 契約の登記: 法務局で任意後見契約の登記を行います。この登記により、二重に任意後見契約を結ぶことを防ぎます。
  6. 発効までの見守り: 契約後も判断能力があるうちは、通常の生活を送りながら、任意後見受任者等による見守りを受けます。
  7. 任意後見監督人選任の申立て: 判断能力が低下したと判断されたら、任意後見契約の発効のため、家庭裁判所に任意後見監督人選任の申立てを行います。
  8. 任意後見監督人の選任: 家庭裁判所が任意後見監督人を選任し、この時点で任意後見契約が正式に発効します。
  9. 任意後見人による後見業務開始: 任意後見人が契約に基づいて、財産管理や身上監護の業務を開始します。任意後見監督人は、任意後見人の業務を監督します。

この一連の流れは、本人の状態や契約内容により多少の違いがありますが、基本的なプロセスとして理解しておくと良いでしょう。

まとめ:任意後見は必要か?将来の安心を得るための最終検討

任意後見制度は万人に必要というわけではありません。しかし、以下のポイントを最終的にチェックして、自分自身にとってこの制度が必要かどうかを検討してみましょう。

  1. 資産状況: 管理が必要な資産(不動産、預貯金、株式等)がある場合、任意後見制度の必要性は高まります。
  2. 家族構成: 頼れる家族が近くにいない場合や、家族間の関係が複雑な場合は、第三者による支援体制を整えておくことが安心につながります。
  3. 健康状態と将来予測: 家族歴や現在の健康状態から、将来的な認知機能低下のリスクを考慮することも重要です。
  4. 自己決定の重要性: 自分の意思を尊重した将来の生活や財産管理を希望する場合、任意後見は有効な選択肢となります。
  5. 代替手段の有無: 家族信託や見守り契約など、他の選択肢と比較検討することも大切です。

任意後見制度は、「将来の自分」を「今の自分」が支援するための仕組みです。制度の利用には一定のコストがかかりますが、それ以上に大きな安心を得られる可能性があります。

特に、財産管理のミスによる経済的損失や、自分の意に沿わない生活を強いられるリスクを考えると、適切な時期に適切な方法で任意後見契約を結ぶことは、将来への大きな投資と言えるでしょう。

認知症や判断能力の低下は、誰にでも起こり得る問題です。「自分はまだ大丈夫」と思っていても、いざというときに対応できるよう、元気なうちから準備を始めることをおすすめします。


任意後見制度の導入をご検討中の方は、お気軽に当事務所(法律事務所DeRTA(デルタ))へご相談ください。
当事務所では、任意後見・遺言・死後事務委任等に関する初回相談を無料で承っております。認知症対策、相続対策、事業承継対策など、あなたの悩みに合わせた最適なプランをご提案いたします。「任意後見」についてさらに詳しく知りたい方は、お気軽に当事務所にご相談ください。

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ABOUT ME
弁護士 黒澤真志
弁護士 黒澤真志
代表
2009年12月に弁護士登録(登録番号41044)し、アクト法律事務所にて勤務した後に2019年4月に独立し、法律事務所DeRTA(デルタ)を設立。 家族関係の法律問題に関する交渉事件から訴訟事件までを数多く取り扱っており、東京地方裁判所の破産管財人や東京簡易裁判所の司法委員も担当している。 著書に、「離婚・離縁事件実務マニュアル」(第3版)(ぎょうせい)共著、「遺産分割実務マニュアル」(第3版)(ぎょうせい)共著、「新破産実務マニュアル」(全訂版)(ぎょうせい)共著、「遺言書・遺産分割協議書等条項例集」(新日本法規)共著など。
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