同意権・取消権は任意後見に認められる?成年後見・保佐・補助との比較で整理する

将来の判断能力の低下に備える「任意後見制度」。柔軟な設計が可能な一方で、成年後見制度とは異なる点も多く、特に「同意権」や「取消権」の有無は重要なポイントです。
本記事では、任意後見制度の基本から、成年後見・保佐・補助との違い、特に法律行為の効力に大きく関わる同意権・取消権について、分かりやすく整理して解説します。
任意後見とは?成年後見制度との基本的な違い
任意後見制度は、本人がまだ十分な判断能力を持っているうちに、将来判断能力が不十分になった場合に備えて、あらかじめ自分で選んだ代理人(任意後見人)に、財産管理や身上保護に関する事務について代理権を与える契約(任意後見契約)を結んでおく制度です。
任意後見制度の仕組みと契約の流れ
任意後見契約は、公証人が作成する公正証書によって結ぶ必要があります。契約後、本人の判断能力が低下した際に、家庭裁判所が任意後見監督人を選任することで、その効力が生じます。任意後見監督人は、任意後見人が契約内容に従って適正に事務を行っているかを監督する役割を担います。
成年後見・保佐・補助との大きな違い
任意後見が本人の意思に基づいて契約で後見人を選ぶのに対し、成年後見・保佐・補助(これらを総称して「法定後見制度」といいます)は、本人の判断能力がすでに低下した後に、親族などの申立てにより家庭裁判所が後見人等を選任する制度です。
制度 | 開始時期 | 後見人等の選任者 | 代理権の範囲 | 同意権・取消権 |
任意後見 | 判断能力があるうち(契約) | 本人 | 契約で定めた範囲 | なし |
成年後見 | 判断能力が欠く状況(申立て) | 家庭裁判所 | 財産に関する全ての法律行為 | 取消権あり(同意権はなし) |
保佐 | 判断能力が著しく不十分(申立て) | 家庭裁判所 | 原則なし。<br>家庭裁判所の審判により特定の法律行為について付与。 | あり。<br>民法13条1項の行為について同意権を持つ。 |
補助 | 判断能力が不十分(申立て) | 家庭裁判所 | 家庭裁判所の審判により特定の法律行為について付与。 | 家庭裁判所の審判により特定の法律行為について付与。 |
最大の違いは、本人の意思をどの程度尊重するかという点にあります。任意後見は本人の自己決定権を最大限尊重する制度と言えるでしょう。
任意後見制度が選ばれる背景
「自分の財産管理は、信頼できるこの人に任せたい」「施設入所の手続きなどを、自分の希望通りに進めてほしい」といった、本人の具体的な希望を将来にわたって実現できる点が、任意後見制度が選ばれる大きな理由です。法定後見と比べて、支援内容を柔軟に設計できるメリットがあります。
取消権・同意権とは?成年後見・保佐・補助における位置づけ
では、法定後見制度にはあって任意後見制度にはない「同意権」と「取消権」とは、具体的にどのような権利なのでしょうか。
同意権の法的仕組み
同意権とは、本人が単独で行うと不利益を被る可能性がある特定の重要な法律行為について、事前に同意を与え、本人を保護するための権利です。
- 保佐人:被保佐人が、民法第13条第1項に定められた行為(不動産の売買、金銭の貸し借り、相続の承認・放棄など)を行う際に、法律上当然に同意権を持ちます。
- 補助人:家庭裁判所が審判で定めた特定の法律行為についてのみ、同意権が与えられます。
なお、成年被後見人は、原則として単独で有効な法律行為を行えないため、成年後見人にはこの同意権はありません。同意を与えるという概念自体が存在せず、成年被後見人が行った行為(日常生活に関するものを除く)は、後述の取消権の対象となります。
取消権の基本的な意味
取消権とは、本人が行った不利益な法律行為などを、後から取り消してその効力を失わせることができる権利です。
- 成年後見人:成年被後見人が行った日常生活に関する行為以外の法律行為を、取り消すことができます。
- 保佐人・補助人:それぞれの同意権の対象となる行為を、本人が同意を得ずに行った場合に取り消すことができます。
一度結んだ契約は原則として有効ですが、この取消権によって契約の効力を遡って無効にすることができます。
同意権と取消権の関係性
保佐と補助において、同意権と取消権は表裏一体の関係にあります。保佐人・補助人の同意を得ずに行った重要な法律行為は、後から取り消すことが可能です。このように、取消権は同意権の実効性を担保する役割を果たしています。
任意後見人に取消権・同意権は認められるか?
結論から言うと、任意後見人には、制度として当然に認められる同意権も取消権もありません。
任意後見契約に取消権・同意権がない理由
任意後見制度は、本人の意思決定を最大限尊重することを基本理念としています。同意権や取消権は、本人の法律行為を制限したり、取り消したりする強力な権限であり、本人の自己決定権を制約する側面があります。そのため、本人の意思に基づいて結ばれる任意後見契約においては、これらの権利は任意後見人に与えられていないのです。
任意後見契約における本人の行為の効力
任意後見が開始された後でも、本人が自ら行った法律行為は、原則として有効です。例えば、本人が判断能力の低下により不利益な高額商品を契約してしまったとしても、任意後見人にはその契約を取り消す権限がありません。この点が、任意後見制度のデメリットや限界として指摘されることがあります。
任意後見で取消権を行使できる場合
例外的に、任意後見人が本人のために取消権を行使できるケースがあります。それは、法律行為そのものに取消原因がある場合です(ただし、これを消極的に考える見解もあります。)。
これは任意後見人固有の取消権ではなく、本人自身が持つ取消権を、任意後見人が代理人として行使するという形になります。具体的には、以下のようなケースが挙げられます。
- 詐欺・強迫による法律行為(民法第96条)本人が騙されたり、脅されたりして不本意な契約を結ばされた場合。
- 消費者契約法に違反する契約事業者の不適切な勧誘(不実告知、断定的判断の提供など)によって、消費者が誤認・困惑して結んだ契約の場合。
これらの取消権を任意後見人が代理で行使するためには、任意後見契約を結ぶ際の代理権目録(任意後見人に与える代理権のリスト)に記載があることが必要です。疑義が生じないように、これらの取消権の行使に関する事項を代理権目録に明確に記載しておくことが望ましいでしょう(以下は記載例です。)。
・訪問販売・通信販売等各種取引の申込みの撤回、契約の解除、契約の無効、契約の取消しの意思表示並びに各種請求に関する事項

任意後見監督人の同意を得るとすることはできる?その場合の効果は?
少し話は変わりますが、任意後見契約を発効させる場合、任意後見監督人が就任します。任意後見契約において、任意後見人が一定の行為を行う場合に、任意後見監督人の同意を得るとすることはできるでしょうか。
任意後見監督人とは
任意後見監督人は、任意後見人が契約通りに仕事をしているかを家庭裁判所の監督下でチェックする役割を担います。任意後見人の権限濫用を防ぎ、本人の利益を守るための重要な存在です。
任意後見監督人の同意を要する旨の特約
任意後見監督人には当然に任意後見人の法律行為に対する同意権等はありません。ただ、任意後見契約書の中に、「任意後見人が、不動産の売却など特に重要な法律行為を行う場合には、あらかじめ任意後見監督人の同意を得なければならない」といった特約を設けること自体は可能です。
これは、任意後見人の権限を適切にコントロールし、本人の財産をより確実に保護するための一つの方法です。
任意後見監督人の同意を要する旨の特約に違反した場合の効果
では、もし任意後見人がこの特約に違反して、監督人の同意を得ずに不動産を売却してしまったら、その契約はどうなるのでしょうか。
結論として、その売買契約は無権代理行為となります。この場合、契約の相手方は表見代理(民法110条)を主張してくることが予想されますが、善意無過失であることが必要です。そして、任意後見契約が発効している場合、通常は売買契約の締結にあたって、契約の相手に対して登記事項証明書を提出しているところ、その内容として、任意後見監督人の同意が必要であることが明記されていますので、契約の相手方は善意無過失であることを主張することは難しいと考えます。
したがって、本人に効果帰属しないことになり、このようにして本人の保護を図ることができます。
まとめ
任意後見制度は、本人の意思を尊重した柔軟な財産管理を実現できる優れた制度です。しかし、法定後見制度とは異なり、任意後見人には原則として同意権・取消権がないという重要な違いがあります。
ポイント | 内容 |
任意後見と同意権・取消権 | 任意後見人には、本人の法律行為に対する同意権・取消権はない。 |
本人の行為の効力 | 任意後見開始後も、本人が行った契約は原則として有効。不利益な契約でも任意後見人は取り消せない。 |
例外的な取消権の行使 | 本人が詐欺・強迫、消費者契約法違反等により契約した場合、代理権目録に定めがあれば、任意後見人が本人を代理して取消権を行使できる。 |
この点を理解した上で、将来の備えとして任意後見制度の利用を検討することが重要です。判断能力が低下した本人を保護するためには、任意後見と併せて、見守りサービスの利用や、消費者被害を防ぐための周囲のサポート体制を整えておくことも大切になるでしょう。
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